2020年7月4日

小説評価シート②中七七三さん

投稿者: フィーカス

 評価シート第2弾です。今回は、中七七三さんの妻への最後の手紙の評価シートを作成しました。

 ……とはいうものの、実は評価シート作るのを、最初は戸惑っていました。なぜかというと、既に電子書籍を大量に出している方ですし、実力は十分わかっていました。なので、そのような方の評価シートを作って良いものかと思ったのです。

中七七三さんってどんな人?

「イーデスブックス」という電子書籍レーベルの主催者であり、自身も70冊以上の電子書籍を出版しています。

 作風はずばり言うと「変人」。悪い意味ではなく、「何故その素材を選んだ」「何故そんなふうに書けるのだ」という、めちゃくちゃ凄いゲテモノ素材料理人といった感じです。

 人の選ばないようなアイデアを生み出す能力もさることながら、その素材の料理の仕方も非常にうまい。タイトルも「なんじゃこりゃ」と思わせるような目を引くものが多く、ある意味では天才と言っていいでしょう。

本作は「おとなしい」部類の作品

 さて、今回評価シートを作らせていただく作品、私としては彼にしては「おとなしい作品」と思いました。何しろタイトルに「金玉キック」とかつける方ですので。

中七七三さんの小説の評価シート

 以下、妻への最後の手紙の評価シートです。

※以下ネタバレ要素を含むため、読んでいない人は先に読んでから先に進んだ方がよいと思います。

あらすじ

 つらつらと書かれた「妻への最後の手紙」。一見して自身の行動に後悔の念を残す遺書にも見える手紙なのだが、実は大きな秘密が隠されていた――

当作品の見どころ

 前半は「手紙部分」、後半はその「手紙」を読んだ「男」の部分と分かれて話が進んでいくが、前半部分で完全に読者への思い込みの種を植え付け、後半で一気にそれを逆転させていくという話の展開が見どころと言えるだろう。

 いかに読者を固定観念の海に引きずり込み、あっと言わせられるか。そして最後は、この物語に隠された真の姿が、驚きへと昇華していく。


文章力 ★★★★★

小説作法、読みやすさともに抜群

 何冊も電子書籍を出されている方ですし、何も言うことは無いと思います。

 小説作法がきちんと守れていることはもちろんのこと、適切な改行やテンポの良い文章で気持ちよく読み進めることができます。

読者を欺くテクニック

 自分が考えた意図通りに読者が読んでくれるか。そのテクニックも、小説を書く上では一つ重要な要素となってきます。あまりに描写不足であると読者と作者の間に乖離が産まれてしまいますし、描写が緻密すぎると今度は読者の想像の幅を狭めてしまいます。

 このテクニックの中には「読者を騙すテクニック」と言うものもあります。簡単な例で言うと、登場人物が男性だと思っていたら女性だったり、人間だと思ったら動物だったり、そういった勘違いを起こさせる要因を文章に織り込むことを言います。

 本作ではそのテクニックがしっかり使われており、恐らく最初に読んでいた時はきっちり思い込みにはまってしまうでしょう。この点が、本作の優れているところと言えるでしょう。

魅せる、読ませる文章のお手本

 高度なテクニックも、ただ適当に使うと何がすごいのか分からないまま「ああ、そういうこと」で終わってしまいます。ここでテクニックに酔わず、基本を押さえた書き方、読ませる書き方ができるかどうかが、面白い話を書ける人とそうでない人の差になるのではないかと思います。

 本作はただ読者に思いこませるだけではなく、そのテクニックを使う理由づけをきちんと明確化しており、そのことが登場人物への感情移入につながったり、すっきりとした読後感につながったりしています。

 以上のことから、文章力は5段階評価のうち「5」と評価させていただきました。


構成力 ★★★★★

これ以上変えようがない理想的な形

 文章の構成には人によって結構個性が出ると思います。小説を読んでいて、「この情報は先に出したらよかったのに」とか、「この話は後にまわした方がよかったのでは」とか、そういったことを感じたことは無いでしょうか。

 しかし、本作はこれ以上ないきれいな流れで物語が構成されており、恐らく話を組み替えるスキはないでしょう。ベストな構成だといえます。

起承転結の整った美しい構成

 小説では「起承転結」や「序破急」が重要、という話があると思いますが、まさに「起承転結とはこうだ」というお手本のような構成となっています。

 まず「手紙」という形式で物語が始まり(起)、そこからしっかり「これは主人公(正しくは別の男のものだが)の遺書である」と思いこませる流れにし(承)、そこから一転、実は元妻から送られた相手の男の遺書だったことが明らかになり(転)、最後に主人公がどう行動するかまとめる(結)という構成になっています。

 長編でも短編でも、このように起承転結がきれいに設定されていると、流れるようなストーリーになります。

巧みな構成による読者への擦り込み

 何度も書いている通り、本作では「読者に手紙が主人公(もしくは読んでいる人の相方)の遺書ということを強く意識させる」ことが命であるため、その分手紙の部分を長くとっています。

 このように時間をかけて擦り込ませ、一気に話の印象が変わる瞬間は、読んでいて気持ちいい物があります。

 以上の点から、構成力については5段階中「5」と評価させていただきました。


キャラクター ★★★★☆

最小限の情報で最大限の効果を

 登場人物については主人公、主人公の元妻、元妻の(元)夫、主人公の娘、元妻の夫の子供と出てきますが、外見や服装などについては言及されていません。当然設定する意味が無いということもありますし、細かく設定しても物語には関係ないということもあります。

 ただ、最低限物語に必要な情報はしっかりと盛り込まれており、これらの情報が物語の核となっています。

 以上のことから、キャラクターについては5段階中「4」と評価させていただきました。ただ、正直キャラクターについてはあまり焦点を当てていないので、これが低い評価とは言えないでしょう。


オリジナリティ ★★★★☆

斬新なストーリーの進め方

 まずいきなり手紙から始まり、少しずつ謎が解けていく、という構成は珍しいのではないかと思います。

 物語に仕掛けられた仕掛けもおしゃれで、なかなか感じられない読み応えがあると思います。

作者の作品にしてはおとなしめ

 ただ、強烈な作品を数多く出している作者としては、インパクトがややおとなしめな印象があります。こういった作品も無いわけではないと思いますので、この点についてはややオリジナリティにかけると印象をどうしても持ってしまいます。

 以上のことから、オリジナリティについては5段階中「4」と評価させていただきました。ただし、作者のバイアスがかかってる点はご了承ください。

総合評価 ★★★★★

 以上の評価をまとめると、私の評価は以下の通りになります。


文章力 ★★★★★
構成力 ★★★★★
キャラクター ★★★★☆
オリジナリティ ★★★★☆
総合評価 ★★★★★

 さすが多数の電子書籍を出版されているとあって、非常に高い筆力で高いクオリティの物語を作られているという印象でした。短編小説を書いている方は、構成や文章の書き方の勉強になるのではないかと思います。



小説の勉強は、よい文章を読むことから

 アイデアは自分の経験や想像力から生み出すものですが、文章力や構成力というのは、既にある物語や文章をたくさん読むことで身につきます。

 もちろん、ただ読むだけではあまり意味がないと思いますので、例えば「面白いと思った作品を書き写してみる」とか、「読みやすい文章は何故読みやすいのか分析してみる」とか、そういった活動をしていくと良いのではないかと思います。



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